Yusei Miyazaki
多発性硬化症・視神経脊髄炎・MOG抗体関連疾患専門家


Yusei Miyazaki
多発性硬化症・視神経脊髄炎・MOG抗体関連疾患専門家


変わりゆく多発性硬化症の疾患概念ー診断基準の改定を含めてー


 MSとはどんな病気ですか?と聞かれたら多くの医師は「中枢神経症状の空間的・時間的多発をきたす疾患」と答えると思います。「空間的多発」とは中枢神経内の様々な場所に病変が出現することを意味し、「時間的多発」とは再発を繰り返すことを意味します。しかし、MSが「空間的・時間的多発」する疾患であるという概念は変わりつつあることが、MSの診断基準の歴史を見ると分かります。現在使用されているMSの診断基準はMcDonaldの診断基準と呼ばれていますが、2024年9月にコペンハーゲンで開催されるECTRIMSという学会でその改訂版が発表される見込みです。その前情報を含めてご紹介します。

MSの疾患概念は1868年にフランスのJean-Martin Charcot(ジャン・マルタン・シャルコー)によって初めて記載されました。彼はシャルコーの3徴と呼ばれる症状について記載していますが、空間的・時間的多発という概念には触れていませんでした。

1954年にMS診断の概要がSydney Allison(左)とJohn Millar(右)により報告されました。ここでは症状が「時間的に多発」する疾患であることが指摘されました

1965年にGeorge Schumacherにより初のMS診断基準(Schumacher基準)が作成され、その中で中枢神経症状の「空間的・時間的多発」が必要であることが盛り込まれました。

1983年にCharles Poser(左)により診断基準(Poserの診断基準)が発表され、2001年にはWilliam McDonald(右)により診断基準(McDonaldの診断基準)が発表されました。McDonaldの診断基準はその後2005年、2010年、2017年と改訂を繰り返し、より早期にMSと診断し治療開始ができるようになってきました。この2つの診断基準の特徴は画像や髄液、電気生理検査を診断に取り入れていることです。

 特に現在用いられているMcDonaldの診断基準はMRI、髄液検査を用いて再発が起きる前にMSの診断が可能である点が特徴です。MSが疑われる症状が1回だけある状態をCIS(Clinically Isolated Syndrome)と呼びますが、McDonaldの診断基準ではCISの患者さんの一部がMSと診断されることになりました。再発を経験したことがないMS、つまり「時間的多発」のないMSが存在することになったのです。

 加えて、MSの症状はないのに頭痛やめまいなど別の理由でMRIを撮った際に、MSを疑われる病変が偶然発見された状態のことをRIS(Radiologically Isolated Syndrome)と呼びます。RISの患者さんは一度もMSの症状を経験したことがないので、そもそも「時間的多発」という概念が当てはまりません。これまではRISはMSとは考えられておりませんでしたが、なんと2024年秋に発表されるMcDonald診断基準の改訂版ではこのRISの一部をMSと診断することになるようです。このような流れから、MSの疾患概念において「時間的多発」の重要性は薄れつつあります

 さらに、最近MSの前駆症状というものに注目が集まっています。MSと診断された患者さんは、診断前5年間に頭痛やうつ、疲労など様々な理由で病院を受診することが多いことが報告されています。また、米軍兵士を対象とした研究では、MS発症6年前から血液中にニューロフィラメント軽鎖という物質が上昇していることが報告されています。ニューロフィラメント軽鎖の上昇は中枢神経に炎症が起きていることを示唆します。つまり、MSは発症する5年ほど前から中枢神経に炎症が起きており、そのために頭痛、うつ、疲労など様々な症状が出ている可能性があります。

 このようにMSの診断基準の歴史からMSの疾患概念の変遷を見てとることができます。従来は「空間的・時間的多発」する疾患と定義されていましたが、最近は「時間的多発」という概念が薄れてきています。その代わり、新規改訂版の診断基準では新しいMRI技術を使ってMSらしい病変や慢性炎症を検出することが盛り込まれる見込みです(Central Vein Sign、Paramagnetic Rim Lesion)。

 ここから2点学ぶ必要があります。まず、MSを発症した時点ですでに5年以上前から中枢神経内に炎症が起きていた可能性を考える必要があります。まだ発症したばかりだから軽い治療薬で十分、と考えるべきではありません。次に、再発がなければ安定しているという考えも改めるべきです。MSの特徴は中枢神経に慢性の炎症が起きることであり、治療目標の最大の焦点は再発抑制ではなく、この慢性炎症を抑えることだと強く意識するべきです。

引用
1. Poser CM, Brinar VV. Diagnostic criteria for multiple sclerosis: an historical review. Clin Neurol Neurosurg 2004.
2. Montalban X. Efforts towards a better MS diagnostic criteria. https://ectrims.eu/podcast/episode-26-efforts-towards-a-better-ms-diagnostic-criteria/ 2024年5月2日参照
3. Wijnands JMA, et al. Five years before multiple sclerosis onset: Phenotyping the prodrome. Mult Scler 2019.
4. Bjornevik K, et al. Serum neurofilament light chain levels in patients with presymptomatic multiple sclerosis. JAMA Neurol 2019.


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