2019年以降、生物学的製剤の登場によりNMOSDの治療は大きく変わりました。当初は、我々専門家もこれら生物学的製剤をどのように使用すべきか悩みましたが、使用経験が増えるに従って適切な使用方法が確立しつつあります。以下は私の個人的見解ですが、多くの専門家が似た考えを持っていると思います。
生物学的製剤の3系統
現在、日本でAQP4抗体陽性NMOSDに対して使用可能な生物学的製剤は5種類ありますが、これらは次の3つの系統に分類されます。
- 補体阻害剤: 補体という免疫の一部の働きを抑える薬です。ソリリスとユルトミリスがここに分類されます。ソリリスは2週間ごとの点滴が必要で、利便性の面で現在はあまり使用されません。ユルトミリスはその利便性を改善し、8週間ごとの点滴となっています。
- IL-6受容体阻害剤: IL-6という免疫の調節に関わる物質の働きを抑える薬です。エンスプリングがこれに該当し、4週間ごとの皮下注射(自己注射可能)によって炎症を抑える効果があります。
- B細胞除去剤: 免疫に関わるB細胞を減らすことで効果を発揮する薬です。ユプリズナとリツキサンがここに分類されます。ただし、リツキサンは注射後反応の頻度が高く、日本人の半数で遺伝的に十分な効果が得られない可能性があり、薬価が低いこと以外での使用メリットは少ないため、現在は主にユプリズナが使われています。6ヶ月ごとに点滴を行います。
治療方針を決める際に重要なこと
治療方針を決定する際には、NMOSDの診療経験が豊富な医師と相談することを勧めます。特に、3系統すべての生物学的製剤を使用できる医療機関で治療方針を決定することが重要です。一部の系統の薬剤しか使用できない医療機関で治療方針を相談すると、本来は生物学的製剤を安全に使用できるのに使用してもらえない可能性や、合わない薬剤を選択されてしまう危険性があります。治療選択にあたっては3系統全ての生物学的製剤が使用可能かどうか担当医に質問してください。1系統でも使用できない場合、または使用経験がない場合はセカンドオピニオンを求めてください。
患者さんの中には全ての生物学的製剤が安全に使用できる方(左図のA)、2つの生物学的製剤であればどちらも安全に使用できる方(左図のB)、1つの生物学的製剤のみ安全に使用できる方(左図C)がいます。例として、ユルトミリスしか安全に使用できない患者さんいたとします(図の右下C)。
その患者さんがエンスプリングかユプリズナしか使用できない医療機関で治療選択を検討した場合、生物学的製剤は危険で使用できないと判断されてしまい、従来治療(ステロイドや免疫抑制薬)を受けることになってしまうかもしれません。ユルトミリスであれば安全に使用可能なのに非常にもったいないと思います。
または、その患者さんにエンスプリング、またはユプリズナが使用されてしまう可能性もあります。この場合は重大な副作用のリスクがあり大変危険です。
上記に加えて、NMOSDの治療は救急医療体制が整った総合病院で受けることを推奨します。救急医療体制が整備されていないために、副作用を過度に恐れて生物学的製剤を見合わせているケースや、合わない薬剤を選択されているケースが見られ、非常に残念に思います。
安全性に基づく生物学的製剤の使い分け
3系統の生物学的製剤をどのように使い分けるかは未だに専門家の間でも議論の多いところです。私はなるべくシンプルに考えるようにしており、薬剤の有効性よりも安全性プロフィールを重要視しています。というのは、3系統の生物学的製剤はいずれも非常に有効であり、有効性を元に使い分けることは困難です。一方で、副作用の出方は薬剤によって随分と異なるために、その特徴を元に使い分ける方がより適切な選択が可能となります。すなわち、どの生物学的製剤がその患者さんにとって最も安全であるかを基準に薬剤を選択しています。
具体的には、まず身体機能障害、特に中等度以上の歩行障害・排尿障害・視力障害の有無、ステロイド副作用の有無・程度、他の自己免疫疾患の合併有無を評価し、これらに該当する場合はユプリズナ、該当しない場合はエンスプリングの使用を考えます。ただし、この2者の使い分けには明確な境界線があるわけではなく総合的に判断しています。なお自己免疫疾患の中で、関節リウマチ合併の場合はエンスプリングを選択することもありますし、潰瘍性大腸炎または乾癬合併の場合はユプリズナ、リツキサン以外を選択します。
エンスプリング、ユプリズナのいずれも使用困難な場合はユルトミリスの使用を検討します。例えば、身体機能障害(視力障害含む)が高度、合併症のためステロイド使用が許容されない、慢性感染症を有している(髄膜炎菌以外)、高齢で感染症全般のリスクが高い、重篤な合併症を有している場合がこれに当たります。
以上を検討した上で、エンスプリング、ユプリズナ、ユルトミリスのいずれも安全に使用できない場合は、イムランやプログラフ等の経口免疫抑制薬をベースに治療を考えます。
生物学的製剤とステロイド・免疫抑制薬の併用について
生物学的製剤を安全に継続するために最も重要なことは、ステロイドや免疫抑制薬と併用せずに単独で使用することです。2023年に発表された日本のNMOSD診療ガイドラインでも、以下の図のごとく生物学的製剤とステロイド・免疫抑制薬の併用は治療選択肢に含まれていません。海外の助言でも同様に、生物学的製剤は単独で使用することが推奨されています1,2。
ただし、生物学的製剤が効果を発揮するまでにはある程度の時間がかかるため、治療開始直後は一時的にステロイドや免疫抑制剤を併用します。
- エンスプリング: 最初の1年(場合によっては最大2年)のみ併用
- ユプリズナ: 最初の6ヶ月(場合によっては最大1年)のみ併用
- ユルトミリス: 最初の2週間から6ヶ月間のみ併用
これらの期間を超えてステロイドや免疫抑制薬を併用すると、感染症のリスクが増大するため危険です。ただし、他の自己免疫疾患を合併している場合、その合併自己免疫疾患の状態によってはステロイド・免疫抑制薬を併用せざるを得ない場合があります。なお、ステロイド・免疫抑制薬を中止した後に万が一NMOSDが再発した場合は、他の生物学的製剤に切り替えることを検討します。
最後に
NMOSDの治療は長い道のりになります。長期にわたって安全に治療を続けるためには、適切な医療機関において十分なNMOSD診療経験のある医師と相談することが大切です。治療について不安や疑問があれば、いつでもご連絡ください。