Yusei Miyazaki
多発性硬化症・視神経脊髄炎・MOG抗体関連疾患専門家


Yusei Miyazaki
多発性硬化症・視神経脊髄炎・MOG抗体関連疾患専門家


多発性硬化症歩行尺度-12

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 歩行または移動することに不自由を感じているMSの方は多くいらっしゃると思います。ここで、「思います」と表現したのには訳があります。診察室で下のような場面はよくあるのではないでしょうか。

 脳神経内科医は診察室でMSの方の歩行の状態を観察しますが、せいぜい2〜3 mの距離しか観察できません。また、診察室は通常フローリングの床で段差もなければ障害物もありません。このような特殊な状況での診察のみで、日常生活におけるMSの方の歩行に関する問題を評価しきれないのは当然で、実は我々医師も歯痒く思っているのです。

 MSの方の歩行障害を評価するために最も用いられているのが総合障害度評価尺度(EDSS)です。これはMSの方の神経障害の度合いを0〜10の20段階(0.5刻み)で評価するものです。この中で休まず歩ける最大距離によって以下のようにEDSSを評価します。

500 m未満:EDSS 4.0
300 m未満:EDSS 4.5
200 m未満:EDSS 5.0
100 m未満:EDSS 5.5

 しかし、我々医師は実際に一緒に歩いて距離を確認するわけではありませんので、MSの方に質問するのですがどうでしょう?皆さんはご自身が休まず歩ける最大距離を把握しているでしょうか?体調や天気、路面状況によって変わってきますよね。残念ながらEDSSではMSの方の歩行障害の程度を正確に把握することはできません。そもそも、このEDSSは50年も前に作成されたもので、現在のようにMSの方の症状を正確に把握して治療に結びつけることを想定していません。従って私はEDSSをそれほど重要視していません、難病申請の診断書に記載が求められているから評価している程度です。

 もう少し詳細にMSの方の歩行障害を評価する方法としてTimed 25-foot Walk(T25FW、歩行スピード検査)がよく用いられています。北海道医療センターでは1年に1度この検査を行っています。下の図は当院に通院中のMSの方にこの検査を受けていただいた結果と生活の質(QOL)に関するアンケート調査の関係を示したものです。たしかにT25FWの結果はMSの方の生活の質と相関するのですが、T25FWが遅くなってきた時には既にQOLはだいぶ低下してしまっていることがわかります。すなわち、T25FWを行なってもMSの方の困難の全てを拾い上げることができていない、特に障害の軽い方の歩行の問題を評価しきれていないことがわかりました。

 そこで、検査では評価しきれないMSの方の歩行に関する問題を拾い上げる目的で、多発性硬化症歩行尺度-12(MS walking scale-12、MSWS-12)というアンケート調査に着目しました。MSWS-12は英国プリマス大学のJeremy Hobart先生が作成した12の質問からなる調査票で、MSの方の日常生活における歩行(移動)に関する問題を拾い上げるために作成されています。MSWS-12はこれまで多くの研究で使用されており、薬剤の治験でも用いられています。MSWS-12の原版は英語で作成されているので、Hobart先生に連絡をして日本語版作成の許可を得た上で、プロの翻訳家に協力していただき日本語版MSWS-12を作成しました。そして、当院に通院中の60名のMSの方に協力いただいて、作成した日本語版MSWS-12の検証を行った結果、原版と同等の信頼性と妥当性があることが確認されました。

 結果の一部をご紹介します。研究に参加いただいた方の中で、診察室での評価では歩行障害のない40名の内、3分の1の方に何らかの歩行に関する問題があることがわかりました。最も多かった問題はバランスが悪いという回答で、階段昇降、立ったまま作業を行うことに問題があるという回答が続きました。

 このように、MSWS-12を用いることで診察では評価しきれない歩行障害を拾い上げて治療に結びつけることが期待されます。アンケート調査というと何だか信頼できないと感じる方もいるかもしれません。しかし、このように患者さんの内面を評価する学問は計量心理学と呼ばれており、科学的にその理論が確立しています。MSWS-12の英語原版は計量心理学の手法に則って作成された信頼できるものであり、また今回私が作成した日本語版MSWS-12も同じく計量心理学の手法に則って翻訳、検証作業を行なったものです。今後当院では1年に1度MSWS-12を用いてMSの方の歩行の問題を評価し、治療に活用していこうと考えています。もし、MSWS-12に興味がありましたら、主治医の先生からご連絡いただけましたら提供することも可能です(こちらからお願いします)。

参考
Miyazaki Y, et al. Japanese translation and validation of the 12-item Multiple Sclerosis Walking Scale version 2. Mult Scler Relat Disord 2024, https://doi.org/10.1016/j.msard.2024.105768

 


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